目次
食事・運動療法を支える内服治療の基本【医師が解説】

「これから一生、薬漬けになるんでしょうか…」
と不安そうな顔で相談されることがあります。
皆さん、お薬に対してマイナスなイメージがあるみたいで…。
治療の主役は、あなた自身です
当院が最も大切にしている糖尿病治療の基本は、あくまで食事療法と運動療法です。
患者さんご自身が生活習慣を見直し、改善していくこと。
これこそが、血糖コントロールの最も重要な土台となります。
私たちは、内服薬(飲み薬)を「治療の主役」とは考えていません。
まさに「食事・運動療法を支えるための内服治療」。
これこそが、当院が目指す、患者さんとお薬との上手な付き合い方です。
このページでは、どのようなお薬があり、それぞれがどのように働くのか、そして安心して治療を続けていただくための注意点(副作用)について、分かりやすくご説明します。
お薬について正しく理解し、一緒に治療を進めていきましょう。
当院で主に使用する糖尿病の内服薬

具体的にはどんなお薬があるんですか?
ビグアナイド薬(メトホルミン)
一言でいうとどんな薬?
「インスリンを効きやすくし、肝臓が糖を作るのを抑える、糖尿病治療の基本薬」
主な効果(どのように効くか)
- 肝臓で糖が過剰に作られるのを抑えます。
- 筋肉などでインスリンが効きやすい状態(インスリン抵抗性の改善)にします。
- お薬単独では低血糖を起こしにくいのが大きな特徴です。
主な副作用と対策
- 消化器症状(吐き気、下痢など): 飲み始めに見られることがありますが、少量から開始して体を慣らしていくことで軽減されることがほとんどです。
- 【特に注意】乳酸アシドーシス: 非常に稀ですが、重篤な副作用です。体がひどくだるい、吐き気などの症状が出た場合は、すぐにお薬を中止し、当院にご連絡ください。特に脱水時や過度な飲酒時は注意が必要です。
このお薬のポイント
- 世界中で長年使われている、実績と安全性の高いお薬です。
- 体重が増えにくい、あるいは少し減る効果も期待できます。
- ヨード造影剤を使った検査(CTなど)の前後は、一時的にお薬を中止する必要があります。
DPP-4阻害薬
一言でいうとどんな薬?
「血糖値が高い時だけインスリン分泌を促す、スマートな働きのお薬」
主な効果(どのように効くか)
食事を摂ると小腸から出る「インクレチン」というホルモンの働きを高めます。
このホルモンは、血糖値が高い時だけすい臓に働きかけてインスリンを出させます。
血糖値が低い時には作用しないため、とても賢い働き方をします。
主な副作用と対策
副作用が少なく安全性が高いお薬ですが、稀に皮膚の症状や強い腹痛(急性膵炎の可能性)などが報告されています。気になる症状があればご相談ください。
このお薬のポイント
- 1日1〜2回の服用で、食事のタイミングを問いません(一部を除く)。
- 効果が穏やかで、高齢の方にも使いやすいお薬です。
SGLT2阻害薬
一言でいうとどんな薬?
「尿から余分な糖を排泄させ、血糖値を下げるお薬」
主な効果(どのように効くか)
腎臓で血液からろ過された糖が、再び体内に吸収されるのをブロックします。これにより、余分な糖(1日あたり約200~400kcal)をおしっこと一緒に体の外に出すことで、血糖値を下げます。
主な副作用と対策
- 脱水: 尿の量が増えるため、のどが渇きやすくなります。いつもより意識して水分(水やお茶)を摂るようにしてください。
- 尿路・性器感染症: 陰部を清潔に保つことが予防になります。
- ケトアシドーシス: 稀ですが、吐き気や体のだるさなど、体調不良の際はご相談ください。
このお薬のポイント
- 体重減少効果が期待できます。
- 近年、心臓や腎臓を保護する効果があることが分かり、心不全や慢性腎臓病の治療にも使われるようになっています。
GLP-1受容体作動薬(内服薬)
一言でいうとどんな薬?
「血糖値が高い時だけインスリン分泌を促し、食欲も抑える多機能なお薬」
主な効果(どのように効くか)
食事を摂ると出る「GLP-1」というホルモンの働きを直接補います。血糖値に応じてインスリン分泌を促すほか、胃の動きを緩やかにして満腹感を得やすくしたり、脳に働きかけて食欲を抑えたりします。
主な副作用と対策
消化器症状(吐き気、便秘など): 飲み始めに起こりやすいですが、徐々に慣れていくことが多いです。
このお薬のポイント
- 1日1回、起床後の空腹時に、コップ半分の水(約120ml以下)で服用し、その後最低30分は飲食などを避ける、という特殊な飲み方が必要です。
イメグリミン
代表的な薬剤名
イメグリミン塩酸塩(商品名:ツイミーグ)
一言でいうとどんな薬?
「細胞のエネルギー工場(ミトコンドリア)に働きかける、新しいタイプのお薬」
主な効果(どのように効くか)
細胞のエネルギー産生に関わるミトコンドリアの働きを改善するという、新しい作用機序を持ちます。これにより、①血糖値に応じたインスリン分泌を促す、②肝臓で糖が作られるのを抑える、という2つの効果で血糖値を改善します。
主な副作用と対策
- 消化器症状(下痢、吐き気など): 飲み始めに比較的多く見られますが、続けていくうちに軽減することが多いです。
このお薬のポイント
- インスリン分泌促進とインスリン抵抗性改善の両方の作用を併せ持つ、ユニークな機序のお薬です。
- 単独では低血糖を起こしにくいとされています。
- 多くの他の糖尿病治療薬と併用が可能です。
α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI)
一言でいうとどんな薬?
「食事の糖の吸収をゆっくりにし、食後の血糖値の急上昇を抑えるお薬」
主な効果(どのように効くか)
小腸で、炭水化物(でんぷんや砂糖)がブドウ糖に分解されるのを遅らせます。これにより、糖の吸収が緩やかになり、食後の血糖値の急な上昇(血糖値スパイク)を防ぎます。
主な副作用と対策
お腹の張り、おならの増加など: 分解されなかった糖が腸で発酵するために起こります。少量から開始し、体を慣らしていくことで軽減できます。
このお薬のポイント
- 必ず食直前(「いただきます」の直前)に服用する必要があります。
- このお薬で低血糖が起きた場合は、「ブドウ糖」を摂取してください(砂糖では効果が遅れます)。
⑧ 速効型インスリン分泌促進薬(グリニド薬)
代表的な薬剤名
ナテグリニド、ミチグリニド、レパグリニド
一言でいうとどんな薬?
「食後のインスリン分泌を素早く補う、食後高血糖のピンポイント治療薬」
主な効果(どのように効くか)
服用後、短時間だけすい臓に働きかけてインスリン分泌を促します。作用時間が短いため、主に食後の血糖値の急な上昇(血糖値スパイク)を抑える目的で使われます。
主な副作用と対策
- 低血糖: SU薬と同様に低血糖のリスクがありますが、作用時間が短いため、その頻度は比較的低いとされています。食事の時間が不規則になると低血糖を起こしやすくなります。
このお薬のポイント
- 必ず食直前(食事を始める5〜10分前)に服用します。
- もし食事を摂らない(あるいは著しく少ない)場合は、その回の服用はスキップ(中止)する必要があります。
- 食生活が不規則な方でも、食事に合わせて服用できるという利点があります。
チアゾリジン薬(ピオグリタゾン)
一言でいうとどんな薬?
「インスリンの効き目を根本から良くする(抵抗性を改善する)お薬」
主な効果(どのように効くか)
体中の細胞(特に脂肪細胞や筋肉)に働きかけ、インスリンが効きやすい状態にします。インスリンという「鍵」が、体の細胞という「鍵穴」にスムーズに入るように手助けするイメージです。
主な副作用と対策
浮腫(むくみ)、体重増加: 体に水分が溜まりやすくなるために起こります。これは、お薬の作用により腎臓の集合管という部分でナトリウム(塩分)と水の再吸収が促されることが一因とされています(1)。足のすねを指で押してへこみが残る、急に体重が増えたなどの場合はご相談ください。特に心不全のリスクがある方は注意が必要です(2)。
このお薬のポイント
- インスリン抵抗性が強いタイプ(肥満など)の糖尿病に特に効果的です。
- 脂肪肝の改善効果も期待できる場合があります。
- 高い血糖改善効果に加え、体重減少効果が期待できます。
⑦ スルホニル尿素(SU)薬
代表的な薬剤名
グリメピリド、グリクラジドなど
一言でいうとどんな薬?
「すい臓を直接刺激してインスリン分泌を促す、古くからある強力なお薬」
主な効果(どのように効くか)
すい臓のβ細胞に直接働きかけて、インスリンの分泌を強力に促します。血糖値を下げる効果が高いのが特徴です。
主な副作用と対策
- 低血糖: 最も注意すべき副作用です。ふらつき、冷や汗、動悸などの症状が出たら、すぐにブドウ糖や糖分の多いジュースを摂ってください。食事を抜いたり、運動をしすぎたりすると起こりやすいため、規則正しい生活が大切です。
- 体重増加: インスリンの作用で体に糖分が取り込まれやすくなるため、体重が増えることがあります。
このお薬のポイント
- 長い歴史があり、血糖降下作用が非常に強いお薬です。
- 低血糖のリスクを正しく理解し、万が一の時のためにブドウ糖などを携帯することが重要です。
- 高齢の方や腎機能が低下している方には、特に慎重な投与が必要です。
まとめ:お薬はあなたの頼れるサポーターです

ここまで、代表的な糖尿病の内服薬についてご説明しました。お薬には本当に多くの種類があり、それぞれに得意なこと、苦手なことがあります。

本当にそうですね。
一つひとつ役割が違うのがよく分かりました。

だからこそ大切なのは、お一人ひとりの年齢、体格、ライフスタイル、合併症の有無などを総合的に判断し、あなたに最も合ったお薬を、必要最小限の量で選択していくことです。

なるほど。オーダーメイドの治療なんですね。

その通りです。
当院では、患者さんとしっかりコミュニケーションを取りながら、納得のいく治療を進めていきたいと考えています。
お薬について不安な点、分からないことがあれば、いつでも医師やスタッフにお尋ねください。
一緒に最適な治療法を見つけていきましょう。
参考文献
- 日本糖尿病学会 編・著. 糖尿病診療ガイドライン2019. 南江堂, 2019.
- Nesto RW, Bell D, Bonow RO, et al. Thiazolidinedione use, fluid retention, and congestive heart failure: a consensus statement from the American Heart Association and American Diabetes Association. Diabetes Care. 2004 Jan;27(1):256-63.